2010年10月18日月曜日

諏訪中央病院を見学して

8月17日 火曜日

 夏休み最後の1日、書類整理をしてから半日の鉄道旅行を企画しました。

 コースをどうするか?時刻表を見ながら検討します。その瞬間、旅は始まります。子供の頃、実際には行けないのですが、飽きもせず時刻表上でバーチャルトリップをしたことを想い出します。

 今晩、山梨でmeetingがあるため、半日tripの最終目的地は甲府です。時間的に最近イヤと言うほど乗っている中央本線しか行けません。子供の頃、あれほど乗りたかったのに…ただの移動手段になってしまうとダメですね、通勤電車みたいなもので…そこで、せめて甲府の先を目指しました。

 新宿駅12:00発のスーパーあずさ号で出発です。E351系は振り子式車両で、カーブでは内側に傾くことによって高速で走行できます。25/1000の登り勾配をグングン駆け上ります。目的地は長野県茅野駅にしました。

 甲陽病院(9月13日参照)のこともあり、今井澄先生鎌田實先生が築いた諏訪中央病院の見学が目的です。

 陽が燦々と降りそそいでいましたが、そこは灼熱地獄の東京とは違います。高原の緑が輝き、青く澄んだ空に心地よい風がありました。


 茅野駅は、高原リゾートに行く人やお盆を実家で過ごし帰京する家族、その子供や孫を見送る老夫婦でごったがえしていました。


 諏訪中央病院は茅野駅からみて東側の山裾にあります。市街を抜け、橋を渡り山裾のスポーツ公園の先に病院はありました。病院は地元の方々で活気に満ちていました。

 僕が研修医時代にお世話になった旭中央病院 との共通点ですが、古い建物で決して華美ではないのですが、きちんとメンテナンスされています。例え建物が古くても綺麗に整理整頓され、清潔で、そして何よりも行われている医療がしっかりしていれば病院は機能するものです。


 ここには、地方というハンディをものともしない立派な病院がありました。病院の内部には、人々から寄贈された絵画や彫刻が場を和ませていました。




 また院内のあちらこちらに鎌田實先生のメッセージが掲示されていました。病院理念の浸透に役立てられているようです。また壁にはスタッフの紹介、部署の紹介などが各所でみられました。






 病院は人で支えられているという現実を目の当たりにしてきました。またアニマルセラピー等もボランティアで企画されているようです。そのレポートも壁新聞の如く紹介されていました。自主性を重んじ、その中に職員としてのプロフェッショナルを追求する姿とやりがいを育てる姿を垣間見ることが出来ました。わずか一時間位の滞在でしたが収穫は“大”でした。


これはボランティアによるアニマルセラピーです(下段のみ病院ホームページから拝借)

病院の屋上から諏訪湖方面を眺める



 茅野駅に戻るとちょうど臨時列車が待っていてくれました。八ヶ岳の北麓から南麓へ移動し、僕も実家によって少々の親孝行をしてきました。その後、甲府に戻り小俣先生宅で開催された勉強会に山梨県立中央病院の先生方とともに参加しました。とても充実した夏休みを過ごせました。

2010年9月17日金曜日

休暇

8月14日土曜日から16日月曜日

 皆さん、いかがお過ごしですか? ブログのタイトルを肝臓内科トピックスから晴耕雨読にシフトして、いろいろな内容を発信していきたいと思います。よかったらお付き合いください。


 今年は偏西風の蛇行で、猛暑となっていますよね。同じ蛇行でも、カムチャッカ半島より東側に高気圧が居座れば日本は猛暑、西側に居座れば冷夏(2003年)となるそうです。

 さて、日本人特有のわずかな休暇を利用して、北海道に行ってきました。暑中お見舞い代わりに涼しげな写真のお土産です。


やっぱり北海道は涼しいです。林の中の遊歩道を久しぶりにジョギングしました。(東京では暑すぎて、ジョギングは休んでいました。)木漏れ日のなか、久しぶりに爽快な汗を流しました。ジョギングは座禅の瞑想と同じです。心が洗われる感じがします。


 この日は、曇っていましたが、豊かな自然の懐に飛び込み、綺麗な酸素をいっぱい吸って運動し、鈍りきった体をチャージします。




 ジョギング後、散策しているとアゲハ蝶を見かけました。そーっと近づき、被写体となってもらいました。綺麗でしょ。やっぱり図鑑や標本ではなく、自然界の姿が、生き生きとしていて魅力がありますね。生物は、ホント、良くできてますし不思議です。夏休みだし、自由研究してみたいですね。

 午後のひと時はテラスで読書。冷房ではなく、林を抜けるそよ風です。その後、炉端焼きで北の幸を頂きました。子供の友人家族も一緒で、親子ともども楽しい宴となりました。  短くも至福な一時を過ごさせて頂きました。休暇中、病棟を支えてくれた皆様に感謝します。

2010年9月13日月曜日

甲陽病院と飯富病院

8月11日水曜日

  毎週水曜日は、山梨の日です。

 今日は久しぶりに車で向かいました。基本的に運転は嫌いですし、渋滞はもっと嫌いです。自由を奪われる感じがして....しかし今回はミッションがあるため、朝5時に車で東京を出発しました。

 さすがこの時間はスイスイです。

 窓を全開にしていると風が走り抜け最高に気持ち良いです。どこからともなくユーミンの中央フリーウェイが聞こえてきました。競馬場を超え、左手にビール工場が見えてきました。確かに滑走路のようです。

 ちょっと違うのは、黄昏時ではなく、眩しい位の朝日に包まれていることと、助手席には仕事用のカバンが座っていること。でも朝の爽やかな風は心をフリーにしてくれます。これから山梨に旅立つ滑走路です。



 渋滞もなく朝7時に山梨県立中央病院に着きました。モーニング・カンファレンスで勉強させて頂いた後、井上内科小児科医院(叔父)で診療。

 お昼過ぎから本日のミッション①北杜市立甲陽病院に行きました。

 北杜市は山梨県の北西部に位置します。八ヶ岳南麓に広がる日照時間日本一の田園地帯です。僕の実家がある長坂町も平成の大合併で北杜市の一部となりました。

 甲陽病院は、その旧長坂町にあります。甲陽病院は昔、長坂町外2カ町1カ村の組合立でした。以前祖父が町長をしていたので当時組合長として甲陽病院の発展に尽力しました。

 その病院が現在悲鳴をあげています。この地も例外ではなく内科医が不在となってしまったそうです。そこで隔週ですが水曜日の午後にお手伝いさせていただくことになりました。



 主に病棟で入院中の患者さんを診させていただきました。

 入院の患者さんは、超高齢の方が多く、自分では動くことが不自由であったり、食事を飲み込む能力が落ちて胃ろう(お腹から胃に直接差し込んだチューブ)から栄養を入れている患者さんが結構いました。

 若者は僕も含めて町を出てしまい高齢者だけの世帯がほとんどです。

 たとえばお爺ちゃんが脳溢血で倒れ体が不自由となった場合お婆ちゃんだけでは当然看きれません。しかし若い人たちは仕事があり地元に戻って生活するができません。老夫婦は住み慣れた町を出たくありません。結局、施設入所待ちの患者さんが病院に溢れているのが現実です。

 そして医者不足。院長先生を含め4人の常勤医で当直を回しているそうです。僕にも(町を出ているので)責任の一端はあるのですが、社会の歪みを目の当たりにしたわけです。 

 入院中の患者さんは、まさに「思いどおりに飛べない心と動かぬ手足、抱きしめて燃え残る夢たち」さだまさしの療養所(サナトリウム)(歌を聴きたい方はこちらをクリック)の歌詞の一節です。僕が高校性の頃、内科医を目指したきっかけの歌でもあります。

 もう一度原点に返って、医師として自分に何が出来るか?考えさせられました。微力ですが出来ることから一つ一つ積み重ねていきたいと思いました。

 本日は、もう一つミッションがあります。ミッション②飯富病院でのミーティングです。

 早川町は南アルプスの懐にある山間の町です。美しい渓谷と良質の温泉があります。この付近はC型肝炎の患者さんが多いところでもあります。

 山間の町で高齢者が病院に通うのも一苦労です。人口が千人ちょっとですから、むしろ医者が出向いて診させていただいた方が効率が良いと思ったので、そういう形で何かお手伝い出来ないか模索していました。

 たまたま研究会後の懇親会で、山梨大学附属病院の進藤邦明先生と知り合いとなり、今回のミーティングが実現したわけです。

 参加者は、早川町の保健婦さん(お二人)と進藤先生(以前飯富病院に勤務され今も非常勤)と僕です。

 早川町は恵まれていて、二人の保健婦さんが、しっかりと住民を守っていてくれていました。感染している住民には医療機関受診を勧め、しかもきちんと通っているかサポートしてくれています。また町内で勉強会もやられているそうです。

 例え田舎でもきちんとしたシステムを作れば、人口が少ない分、しっかりと健康が守られる良い例と思いました。

 お盆の直前の忙しい中、お付き合いいただいた保健婦さん達、誠にありがとうございました。

すっかり日が暮れて、飯富病院前の定食屋さんで、進藤先生とノンアルコールビールで乾杯しました。とんかつ定食を食べ満腹です。進藤先生、大変お世話になりました。さあ、これから東京までのドライブが残っています。居眠り運転にならないようにね。

2010年8月18日水曜日

太らない食べ方

8月7日土曜日
 
講演会の続き

 今回は、山梨帝京医会で、一緒に講演させていただいた池田眞人先生を紹介します。池田先生は、社会保険山梨病院の内分泌科(体のホルモンにかかわる病気)の名物先生です。どういう点が名物かというと、糖尿病の患者さん達の間では、食事指導や生活指導が厳しい(患者さんのことを思えば当たり前だと思うんですが)ことで有名なんです。

 「いつの間にか引き込まれちゃうのよね、池田先生に。」と患者さんが言っていました。ですから前からお会いしたいと思っていました。今回たまたま講演でご一緒させていただき願いが叶ったわけです。


 先生は“糖尿病2010”というタイトルで講演されました。糖尿病の診断基準の改定や新たにDPP-4阻害剤という薬が登場したことによる治療戦略について教えていただきました。ただHbA1cを下げるのではなく血糖の日内変動をいかに抑えるか、しかも安いお薬で。先生の臨床医としての努力が垣間見ることのできる内容でした。


 講演会後の懇親会で席が隣でした。池田先生はスリムです。どのようにして体型を維持されているのか、食事を注意(ダイエット)されているのか、運動をなさっているのか、お聞きしました。そしたら「好きな物をお腹いっぱい食べています」という予想もしないお返事。えぇ?と思って二の句が告げられないでいると「食べ方が違うんですよ」と仰いました。

 「ほらっ先生(私)のその食べ方、食べ物に少し歯型を付けて飲み込んでいますよね。それオットセイ食いっていうんですよ。それじゃ、食べ物の本当の味は解らない。例えば、お米の味は解らないでしょ?その食べ方だと満腹感が得られないからいくらでも食べちゃうんですよ」と。

 やられたっ!しかも例えが上手い。お米はデンプン、唾液中のアミラーゼが分解して糖になり甘みが出るはず。確かにあまり噛まずに流し込んでいたので切り返せない。しかも“食べ物の本当の味を知らない”と言われちゃったもんね、45歳にもなってから。

 どんどん池田先生のペースにはまっていきます。これかあ、患者さんが蟻地獄にはまっていくと言っていたのは。「ど、どうすれば良いのでしょうか?是非教えてください」と、もう池田先生の思う壺です。

「まず、食べ物は30回噛んで無くなるように食べてください」
「はいっ」



「あー、ダメダメ先生、そんなに口の中に入れちゃ。30回噛んでも無くならない。口の中に残っちゃうでしょ」 「モグモグ」


「いいですか、一回に口の中に入れて良いのは、小指の先の量ですよ。それを30回噛んで食べるんです。」
「えーっ、これだけですか?」



「はい、それだけです。これ以上だと30回で噛み下せません。」
「いただきます」

「どうです?30回で無くなりましたか?お米の味が変わりましたか?」
「はい、本当ですね」

「この食べ方で食べると少量の食事でも十分満足、満腹になるんです。皆食べすぎなんですよ、本当は。」
 この日は、和洋折衷のコース料理でした。僕たちは30回噛んで、料理を味わって食べているのでどんどんお料理が並んでいきます。他の先生たちのお皿はどんどん空いていくのに(医者はいつ呼ばれるか解らないので基本的に早食いです)。

 「いいですか、例えばこのステーキ美味しそうですよね、ステーキまでたどり着きたいから、途中でお腹がいっぱいにならないように残すんです。」

 確かに。この食べ方で食べると料理を十分味わうことが出来るし、何ていってもお腹がいっぱいになっちゃいます。いつもなら、次のお皿が来るのを待つペースで完食(全部食べるという業界用語)していたのがウソみたいです。コース途中で、お腹がいっぱいになってきました。残った料理は、もったいないですが仕方ありません。


 「食べ方でこんなに違うんですね、驚きました」
 「はい、解って頂けて良かったです」と池田先生ニッコリ。


 翌日、日曜日に家族でお蕎麦屋さんに行きました。いつも大もり(もりそばの大)を頼むので、今回も何も考えず大もりを頼みました。いつもは大もりでもあっという間に無くなってしまい少し物足りないのですが、今回は違います。何たって池田式を実践したからです。ソバもパンも同様すべてに当てはまる食べ方であることは、昨日確認済みです。

 「いいですか、30回噛んで無くなる量ですよ」池田先生の声が聞こえてきます。

 ソバの麺は1回に3-4本です。いつもの十分の一ですね。そば粉の味まで味わうように食べました。すると半分も食べると満腹です。なるほど、食べ方でこうも違うのかと再認識しました。唯一の問題は、食事に時間がかかるようになったことです。ゆっくり、食事に時間をかけられない気忙しい生活が、一番の問題かも。

 皆さんも試してみてくださいね。

山梨帝京医会で講演

8月7日土曜日

 山梨帝京医会で講演させて頂きました。この会は、帝京大学出身で山梨県在住の先生方が同窓会を兼ねて、勉強会を開催している会です。

 今回、会長の溝部医院 溝部政史先生に母校同窓会で講演する機会を与えて頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。

 この会では、内科の先生だけでなく、外科、小児科、眼科、リハビリ科など、ご参加いただいた先生方の専門分野は多彩ですので、皆さんの役に立つ内容にしようと留意しました。
 前半は、他科の先生にも知っていていただきたいC型肝炎からの肝発癌についてお話させていただきました。山梨県は九州に次いでC型肝炎の感染率が高い地域ですから、お役にたてたのではないかと思っています。
 後半は、帝京大学バーチャルツアーです。教養課程のあった八王子校舎の今と、新病院が完成し生まれ変わった帝京大学病院を、スライドで紹介させていただきました。もちろん昔遊んだ十条界隈の街並みも含めて。
 もう還暦を過ぎた先生方もいらっしゃったので、特に後半は好評でした。喜んでもらえて良かったです。

 当日は、市川大門の花火大会(山梨で最も大きい花火大会)でしたので、花火に負けないプレゼンを心がけました。


新明の花火(市川三郷町のホームページより)


 プレゼンといえば、この日は中央本線の相模湖付近で倒木があり、始発から午前11時ごろまで不通になっていました。当然ダイヤは大幅に乱れていたため予定より2時間早く東京を発ちました。何とか特急に乗れて、さあスライドの仕上げをしようかと思ったら、なっ何とスライド を入れたUSBを病院のパソコンに差し込んだまま忘れてきてしまいました。さあ、大変です。電車の中でスライドを仕上げるつもりだったので甲府に着いてからでは間に合いません。しかも三鷹を過ぎてから気づきました。電波が届く限界の高尾までは、あと15分ぐらいです。

 土曜日の午後、残業していた入退院係の滝さんにお願いして、メイルで転送してもらいました。全てをダウンロードしたのは高尾の山々が間近に迫っていました。滝さん、助かったよー。

 ある江戸職人さんの言葉です。「段取り8割、本番2割」。本当ですね、以後気を付けます。

2010年8月1日日曜日

第3回新肝臓病研究会

7月30日 金曜日

 皆さん、こんにちは。暑中お見舞い申し上げます。


 暑い日が続いていますね。やっぱり、冷夏よりも猛暑のほうが夏らしくていいと思うんですよね。季節ははっきりしているほうが僕は好きです。


 一日建物の中で仕事をしていますから、たまに外に出るとその日の天候を楽しむようにしています。ジリジリした暑さ、冷房で閉ざされた毛穴が全開してくるのが感じられ気持ち良いです(でも、もうおじさんですから他人には迷惑か・・)。


 御茶ノ水橋の袂、神田川の斜面が小さな雑木林になっていて蝉の大合唱を聞くことが出来ます。ずっと我慢して地上に出てきたセミ達は、わずか一週間しかない残りの生命の中で求愛します。あの鳴き声は雄が雌に自分がここにいますよというメッセージなんです。だからセミも必死に鳴いているんですね。



御茶ノ水橋から見た神田川


 いろいろあって更新できなかった分は、徐々に書いていきますね。


 7月30日金曜日は、国立がん研究センター中央病院にて、多施設共同の臨床試験について会議がありました。その内容は改めて記事にしますが、分子標的薬を既存の治療法に上乗せして治療効果が更に良くなるか検討する試験です。その後、山梨に向かいました。


 山梨県立中央病院のホールにて第3回新肝臓病研究会が開催されました。




 前半は、TAE Failureとは?という共通演題で、山梨大学医学部付属病院第一内科の浅川幸子先生、山梨県立中央病院消化器内科の望月仁先生そして私の3人が発表して議論しました。後半は。東京大学椎名秀一朗先生の特別講演という構成でした。


 TAE Failure って何?って思いますよね。これは肝動脈塞栓術が効かなくなったと判断した(不応と訳されています)ということです。何をもってTAEが効かなくなったと判断するのか?を議論したわけです。効かなくなったと判断された患者さんは、肝機能が許せば、分子標的薬(ネクサバール)に切り替えます。そのタイミングを模索しているのです。


 TAEが効かなくなるのには、大きく二つの原因が考えられます。一つ目は、次々に再発することです。これにはTAEという治療法の問題もあるとは思いますが、母地、つまり肝炎による線維化の方が問題かも知れません。炎症や線維化を改善させなければ再発は防げません。


 もう一つは、癌が残存してしまう場合です。これにはTAEに関わる問題と癌自身に原因があります。治療関連としては、癌を養う血管が肝動脈以外から来ている場合と血管が枯れている場合です。TAEはよく兵糧攻めに例えられます。”癌を養う血管が肝動脈以外から来ている場合”というのは、一生懸命兵糧攻めしていても、お城に地下道があって、兵隊を養うのに充分な米や弾薬がドンドン補充されているのと同じです。この地下道を潰さない限り勝ち目はありません。”血管が枯れている”は、兵糧攻めのなれの果て、お互い消耗しているのにわずかな食料でしぶとく生き残っていて落城しない状態です。癌自身の問題としては乏血性腫瘍であったり(兵隊は超小食で兵糧攻めは効かない)、分化度が低く悪性度が高い腫瘍(兵隊がどう猛で兵糧攻めしても暴れている場合)で、TAEでは太刀打ちできないものが考えられます。

 どのタイミングで次の治療に託すのか?託された次の治療は、きちんと効いてくれるのか?

もう少し検討が必要だと思います。

 このディスカッションは、県立中央病院の中の多目的ホールで行われました。週末のお忙しい中、専門の先生方はもとより、他科の先生方、さらに看護師さんや薬剤師さんなどパラメディカルの方々も多数出席頂きました。大変有意義なひと時を過ごさせて頂きました。この場を借りて感謝申し上げます。

 会終了後、近くの居酒屋さんで二次会を行いました。自治医大出身の進藤先生がその時に言っていた言葉です。「例え秋山村に住んでいようが、患者さんは最高の医療が受けられる、その為に僕達は研鑽を積んでいるんです。」と。山梨の医療は、変わります。この若者達が支えてくれます。そして今回の勉強会に参加してくれた医師やパラメディカルの皆さんが力を合わせて支えてくれます。

 感激していたら時計が24時を超えました。僕の45回目の誕生日は、この居酒屋さんで迎えました。

 最後になりましたが、発表の機会を与えてくれました小俣政男先生、誠にありがとうございました。

2010年6月14日月曜日

無痛ラジオ波がフライデーに掲載されました

6月14日 月曜日

 先週の金曜日に発売された講談社写真週刊誌フライデーの【短期集中ルポ】新しいがん治療の記念すべき第1回に当科の無痛ラジオ波が紹介されました。


売り切れ続出 コンビニへGo!

 
左 佐藤新平先生 右 山田章盛先生


【短期集中ルポ】新しいがん治療 開腹せず、体力的な負担が少ない──。そんな最先端のがん治療が注目されている。「がんの最先端医療」の現場に密着し、“治らないがん”から患者を生還させる最新治療に光を当てる。 取材・文/木野活明(ジャーナリスト) PHOTO:船元康子
【第1回】「無痛ラジオ波焼灼療法」ということで紹介されています。「無痛ラジオ波焼灼療法」の詳細は当ブログで佐藤新平先生が紹介していますのでご覧下さい。