2013年1月22日火曜日

2013年1月9日水曜日

明けましておめでとうございます。

あっという間に年末年始が過ぎてしまいましたね。

平成25年 西暦2013年を迎えました。

皆さんいかがお過ごしですか?

寒いので風邪など召さないように、うがい手洗いを励行してくださいね。

何事も基本が大切ですよ。



元旦の早朝、実家(山梨県八ヶ岳南麓)周辺をジョギングしました。

空気は凛として冷えていますが、そのお蔭で山々が綺麗に見渡すことができます。



収穫後の田圃からみた南アルプスです。近代的構造物が何もない原風景です。
江戸時代から変わらないかも・・西の空に月が見えます。



南には雲に霞ながら富士山が見えますね。


初日の出に映し出された火の見やぐらです。
八ヶ岳南麓では未だ現役?


初日の出を浴びて、その勇姿を現わせた甲斐駒ケ岳
東斜面が薄紅色に染まっています。


反対側には、八ヶ岳が見えます。
初日の出によって稜線のシルエットが現れます。


日照時間が日本一の八ヶ岳南麓では、その地の利を生かして
太陽光発電の施設をあちらこちらで見かけます。

このパネルの下、遊ばせとくのはモッタイナイよね。
ホワイトアスパラなんかできないかね。
バターでソテーして甲州白ワインを添えて
最高なオモテナシになると思うけど・・・


ハイ、お正月の飾りをつけた我が家が迎えてくれます。
小淵沢駅まで往復11kmちょっと、往路の登り坂がきつかったけど
復路の景色が最高でした!


これは玄関から入った直ぐの部屋に、お正月だけ飾られる神棚
(お正月さんと言われている)が、登場します。
このように新年を有難く迎える風習があります。
天井からぶら下がっているのは新巻鮭です。海のない山梨では宝物です。


さて、日付は1月2日の早朝です。場所は銀座4丁目の交差点付近です。
昨日とはガラッと変わって、都心のジョギングです。
中央通りを日本橋から銀座に向かって走っていると、明治屋の辺りから長蛇の列。
巳年のイベントか?と思ったら先頭はアップルでした。
凄い行列!!日本人は行列好きだぁー


銀座4丁目の交差点を右折し、お気に入りの丸の内仲通りを走り抜け
(実際はテレンコ、テレンコ)
大手町に出ると、賑やかになってきました。

そう、今日2日は箱根駅伝です。
各大学の応援団、チアガール、ブラスバンドが集結していました。

読売の号外をゲット!

選手と同じコースを応援(の練習)を浴びながら1kmほど走って、
選手気分を満喫しました。

さあ、時間はアッと言う間に過ぎてしまいますね・・・

1月4日になりました。朝の回診を済ませたら、消化器・肝臓内科恒例の初詣です。
今年は、早め(8:00a.m.頃)に行ったので、並ばずに境内まで入れました。



神様に、「今年も良い年でありますように」
「皆が元気で幸せに暮らせますように」
お祈りしてきました。

甘酒は準備中だったけど、お守りを授かりました。病棟に貼っておきますね。


今年もどうぞ宜しくお願いします。

2012年12月30日日曜日

12月13日木曜日

 杏雲堂病院の クリスマス会 が開催されました。

病棟の患者さんには、看護スタッフがタップリ愛情を込めて用意してくれた クリスマスカード と栄養科が丹精込めて焼き上げた 手作りマカロン が、プレゼントされました。


さて、今年の サンタさん は、誰でしょう?



(ちょっと、太めのサンタさん。もちろん中に餡子が入っているんですよ!最近太り気味ですが、ここまで丸くないからねっ!)

 サンタさんが街にやって来た! ならぬ、サンタさんが病棟にやって来た!



 サンタさんが、一人ひとりの患者さんに声をかけて、プレゼントを渡しています。看護スタッフの後押しもあって、サンタさん ノリノリ ですねっ!



 「早く元気になって、お家に帰ろうね」 って、言ってます。患者さん達は、満面の笑みでサンタさんを迎えてくれます。心が通い合うひと時です。


病棟のスタッフに囲まれ、嬉しそうなサンタさん。おじいちゃんなのにやっぱり女性に囲まれると、デレデレ なんですね。

 特にこの日は、看護学校の実習生も来ていたので賑やかでしたね。彼女たちの思い出の一コマに残ったらいいですね。

 この後は、病院ロビーにおいて クリスマス・コンサート が、行われました。

今年も昨年に引き続き 廣瀬清隆さん による ”ピアノと迎える聖夜” です。


廣瀬清隆さん は、製薬会社にお勤めになっていますが、趣味のピアノは 玄人はだし です。

自らの肝炎を、自身が勤務されている会社の薬(インターフェロン)で治療して 完治 しました。

このことが、ご縁で演奏して頂きました廣瀬さんは闘病中に得たさまざまな人たちからの励ましへの感謝として、コンサートチケットの売り上げの一部を杏雲堂病院肝炎研究基金に寄付して頂いてますし、今回の演奏会も協力して頂きました。この場を借り、感謝申し上げます。
 
お陰様で大盛況なクリスマスイベントでした。みなさん、ありがとう!

きっと、来年もサンタさんが来ると思うよ!

Merry Christmas!」ってね。


2012年12月2日日曜日

運と不運

みなさん、こんにちは

 今日は、中央自動車道 笹子トンネルの天井が崩落するという惨事が起こりました。
毎週1-2往復(電車ですが)している僕にとって、とても他人事ではありません。まず亡くなった方のご冥福をお祈りするとともに、けがをされた方々の早期な回復をお祈りいたします。


 高速道路なので車は時速80kmで走ります。1秒で22m, 5秒で110mも走り抜けます、
なので、わずかに数秒で巻き込まれるか否か、運命の分かれ道 です。

朝、元気に家を出た人が、たまたま惨事に巻き込まれてしまいました。

誰が、今日、惨事に巻き込まれると予想できたでしょうか。誰一人として、予想はできません。

 日々の生活の中で、「何かあったらどうしよう?」 と、不安が無いといえばウソになりますが。クヨクヨしても始まりません。

 成るようにしかならないんだと思います。だから、今、この時を 精一杯生きていきたい と思います。
悔いのないように、ねっ!

2012年12月1日土曜日

椎名先生 教授就任

東京大学消化器内科在籍中に大変お世話になった 椎名秀一朗先生 が、本日付けで順天堂大学消化器内科教授に就任されました。

椎名先生は、肝癌の局所療法の第一人者であり多くの患者さんを救ってきました。一人ひとりの患者さんと真摯に向き合い、肝臓がんを針一本(ラジオ波焼灼療法)できちんと治す妥協のない診療姿勢は、私ども後輩の手本になっています。

椎名先生がいなければ、間違いなく今の僕はなかったと思います。これからも益々頑張っていただきたいと思います。

順天堂大学付属順天堂医院での外来診療は、毎週火曜日午前と木曜日午後です。

受診を希望の方は、こちら をご覧下さいね。

椎名先生のご栄転に伴い、当科の佐藤隆久先生が順天堂大学に移動することになりました。
佐藤隆久先生はこれまで当科の中核で働いてくれました。お疲れ様でした。そして有難うございました。

 佐藤先生は学生の頃から椎名先生を慕って東京大学消化器内科に入局しました。今回念願が叶い、椎名先生の右腕として働く機会を得ました。是非、頑張っていただきたいと思います。

先日、隆久先生の壮行会を行いました。場所は杏雲堂病院のすぐそばにある、周恩来元首相が日本留学時代に通った100年続く老舗の中華料理屋さん 漢陽楼 です。



隆久先生へ
周恩来元首相(日中国交正常化をはたした器の大きい政治家です)の名言より、はなむけの言葉とします。

第一に、「よく目を使うこと。」
第二に、「よく耳を使うこと。」
第三に、「よく口を動かすこと。」
第四に、「よく手を動かすこと。」
第五に、「よく足を動かすこと。」

苦しみを甘んじて受け、耐え忍んで強くなってきた人間こそ、この世で一番強い人間なのだ。

2012年11月26日月曜日

モンゴル出張 その2

モンゴル出張 2日目

 11月1日 盛りだくさんの1日の始まりです。
朝一番で国立第三病院に向かいました。もう真冬並みの寒さです。朝晩は氷点下になっています。


 病院から見た外の景色です。寒さと乾燥で草木は枯れています。雑草でもいかに草木が大切か思い知らされました。


 これは4人部屋の入口です。この広い空間にベッドが四隅におかれています。医療施設は昭和40年代ってところでしょうか?。病院の大部屋は広すぎても駄目ですね・・寂しいさや冷たさが前面に出てしまいますね。病室の患者さんが不安げに私たちを見ていました・・・


 第3病院の外来超音波検査室です。エコー専門の先生が自分の診察室を持っています。外には多くの患者さんが診察を待っていてごった返しています。佐藤新平先生が検査のアドバイスをしているところです。


  これは、集中治療室の入口です。同じ建物なのに内装が全く異なります。ここだけ近代化されています。なぜ?答えは日本のODA (Official Development Assistance) の資金で建てられたセクションだからです。見にくいけど、自動ドアの左上にJAPANとODAのロゴがあります。


 これが血管造影室。血管造影装置は、オーストラリアのロータリークラブが寄贈したようです。比較的新しい装置でした。朝から晩までフル稼働です。僕らの前は、心臓カテーテル検査と下肢血管造影検査が行われていました。


 さあ、僕らの出番です。術者は佐藤新平先生、モンゴルの先生に助手に入ってもらい治療を開始しました。約1時間で無事に治療成功です。患者さんも痛くなかったと喜んでいました。


 血管造影室にて、スタッフと記念撮影です。「ハイ、チーズ!パシャ」 みんな明るくてよく働くスタッフです。お陰様で無事にミッションを完了することができました。「ありがとう!」

 遅い昼食の後、病院前の診療所にて、腹部超音波検査を駆使した外来診療を行いました。モンゴルでは、肝臓がんが癌の中で最も頻度が高いそうです。次々に患者さんがやってきます。そして、驚くことに次々と肝がんが見つかります。


 写真は、超音波検査を行う佐藤新平先生です。モンゴルの先生たちが、まさに身を乗り出すようにして見学しています。


 写真、左端はJazag先生のお母様です。そして机の上に置いてあるのは、ラジオ波焼灼療法で使う装置です。「肝がん見つけたら、すぐに治療してあげて」って言っているようですね。


 夕方、モンゴル民族音楽を鑑賞することになりました。会場に向かう途中、スターリンのヘッドマークを付けたジーゼル機関車がモニュメントとして保存されていました。旧ソ連と結びつきが強かった時代を今に伝えています。廃車となっても、その意味では、走り続けていますね・・・


 患者さんのご家族の計らいで、モンゴル民族舞踊を鑑賞しました。使っている楽器の起源は中国ですが、モンゴルの文化で育つうちに独特のスタイルで発展していったと思います。中国のそれとは、またちょっと違う音色でした。舞踊は、どちらかというと勇ましい雰囲気の出し物が多かったと思います。


 歌は、遊牧民独特の喉を震わせて発音する、そう、あの音色です。裏声とはまた違う、モンゴルの草原に響き渡るような音色で、完全に僕らを異文化にいざなってくれました。


 帰り際に、舞妓さんとパチリ。記念撮影をさせて頂きました。
この後、現地の方々とお食事会、こう見ると皆、同じ顔でしょ。モンゴル人と日本人はルーツが同じなので良く似ています。



長い一日もやっと終わりを迎えます。続きはまたね。

2012年11月24日土曜日

モンゴル出張 その1

10月31日水曜日から11月3日土曜日まで3泊4日でモンゴルに出張してきました。

10年前、モンゴル出身のJazag先生が、若くして東京大学消化器内科に留学してきました。その時、公私にわたりJazag先生のサポートをしていたのが佐藤新平先生です。


Jazag先生は、東京大学留学の後、ハーバード大学に留学されました。その後祖国に戻り、若くしてモンゴル肝臓学会会長となり、本年9月にはAPASL (Asian Pacific Association for the Study of the Liver) のSingle Topic Conferenceを主催されました。



 Jazag先生と親交のある佐藤新平先生が、この学会に参加し、学術発表のほか、市民公開講座での講演や病院で実際に患者さんを診療して来ました。

 今回は、そのご縁で患者さんを治療することになり、佐藤新平先生と私でモンゴルに旅立つことになったわけです。

 10月31日 成田から、韓国 (仁川) 経由で、ウランバートルに向かいました。韓国まで約3時間、その先約4時間の予定です。出張中の指示出しを午前3時頃から始めて、やっと片付けて、空港に着きました。いつものように直前は大忙しです。空港でcheck-inしたら自由です。ゆっくりシャワーを浴びて、搭乗口の傍にあったバーで朝ビール。ちょっとくつろぎ過ぎちゃった!搭乗時間が午前9時だと思い込んでいたら、実際はなんと8時30分でした。45分に搭乗口に着いた時にはがらんとしていて、アレ?っと思ったら、すでにFinal Call。危うく乗り遅れるところでした・・


 成田を出発して約9時間後、ウランバートルのジンギス・ハーン国際空港に降り立ちました。空港内はごった返しています。なかなか荷物が出てこなくて、ちょっぴり心配しましたが、何とか無事にゲットできました。荷物の中にカテーテルなど仕事道具を忍び込ませてあったため、まずは何とか第一関門通過ってとこでしょうか。
 陽が沈むとあたりは真っ暗です。9月の学会時、今村潤先生(現、都立駒込病院 肝臓内科)は、路線バスで市内に向かったそうです。道は凸凹だし、言葉は全く通じないし、読めないし、潤ちゃんはやはりただ者ではありません。

 夜、遅くなりましたが国立第3病院に到着しました。この写真は翌朝に撮影したものです。綺麗なところだけ切り取って撮影(不動産屋さんの広告のごとく)してありますが、実際は周囲は荒地、道路から荒地を挟んで病院があります。国民の階級によって受診できる病院が分かれているらしく、ここはもちろん大衆病院です。
 明日治療する患者さんを診察して、ホテルに向かいました。続きはまたね。