2010年10月18日月曜日

ムンバイ出張③

8月29日日曜日 雨のムンバイ

 今日はムンバイに滞在です。帰国のフライトは明日の夕方です。昨日、手術を行ったので不慮の事態に備えての滞在です。幸いにも経過良好で、今日はゆっくりできそうです。

 雨季のため、今日も朝から雨が降っています。

 今回の宿泊はThe Taj Mahal Palace & Towerでした。招待してくれた先生方にだいぶ負担をかけてしまいました(5つ星です)。せっかくの御好意なのでありがたく楽しませて頂きました。外は雨なのでまずはホテル見学ツアーをしましょうか。

               正面から見上げた旧館です。雨の合間に撮影しました

 このホテルは、インドの近代工業の父でタタ・グループの創始者であるジャムセットジ・タタ氏によって約100年前に作られました。

 100年前のある日、ジャムセットジ・タタ氏が、当時ムンバイで最大のホテルだったワトソンズ・ホテルに入ろうとしたとき、白人専用であることを理由に断られたのが開業のきっかけだそうです。タタ氏は、もっと豪華なホテルを、インド人の手で築いたのです。

 彼の威信をかけて建築されたホテルは、インド人建築家により西洋の新古典主義建築とインドの伝統の様式を混合した姿で設計されました。確かに建物は趣がありますし、何といっても荘厳です。

                  旧館の中庭に面した廊下です。

 旧館には、レジデンスがあって、超お金持ち専用のスペースになっています。皮肉にも白人しか見当たりません。レジデンス棟の中庭に面した廊下は、表の喧騒(まさに漢字の如し)が嘘のような世界が広がっています。

 オッと、レジデンス住人オンリーと看板が出ていました。道理で誰もいないはずですね。守衛さんが来ないうちに退散しましょうね。

 でも世の中には、こんな生活を毎日送っている人もいるんですね、驚きです。街の喧騒とはあまりにも世界が違いすぎます(テロの標的になったのもわかる気がします)。

      レジデンス棟の螺旋階段の踊り場です。日曜日の早朝なのでまだ誰もいません。

                    玄関に神様?の置物がありました。

  いつ頃、誰が、何のために作ったのでしょうか?何かの祭殿に飾られてあった女神なんですかね。解説は特に書いてありませんでしたが、大事に保管されています。


 さて、雨も少し止んだので、ホテルを出て街の喧騒の中に飛び込みましょうか。

                    まずは、ホテルの真ん前インド門です。


 大英帝国の支配下にあった1911年に、英国王ジョージ5世とメアリー王妃の訪問を記念して造られた海に向いた門です。 写真ではわかりにくいですがこの門の先は波止場になっています。大英帝国支配時代、この門を向こうからくぐって上陸していたようです。

   ホテルの部屋から見たインド門です。波止場に面しているのがおわかりいただけると思います。横に並んでいるカラフルな小舟は、エレファント島(洞窟に石像がある世界遺産)に行く連絡船です。写真を撮ったのは早朝なのでまだ人影はまばらです。

                  さらに街に出てみましょう。ホテルの裏側です。

歩道が狭く、人やら犬やらが入り乱れています。露店があったり焚火をしたり混沌としています。そこで車道を歩いています。

 これは、大学です。大英帝国時代のものでしょうか。重厚な建物です。ただし日曜日かもしれませんが誰もいません。

 こんなキャンパスで勉強したいですよね。ここに代表されるようにムンバイは内陸のデリーと比べて緑があり、埃っぽさが全くなく街の色彩も豊かです。


大きな交差点です。ひっきりなしに車が来ます、多くの交差点はロータリー式になっているので歩行者は渡りにくい(信号がない)です。バスも車も、すごい黒煙を排出しながら往来しています。インドの環境を整えることは、とてつもない人口を抱えていることを考慮すると急務と思いました。


 また雨が降ってきました。このような軒先や街路樹の陰で、雨をしのぎながらホテルに戻りました。ビッチョになってしまいましたので熱いシャワーを浴びて、さっぱりしたところで紅茶を飲みながら読書三昧の午後を過ごしました。

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